大学スポーツは、日本のアマチュアスポーツの中でも特に高い人気を誇る。駅伝や野球、アメフトにラクロス…スポーツの中では大学が一番人気なんていうこともありうる。
さらには大学スポーツで活躍してプロスポーツ選手になったり、大学生でありながら日本代表となる人も多い。
しかし、大学スポーツはその人気に比して、十分な収益化がなされていないように見受けられる。無論、チケットや簡単なグッズなどは販売しているが、お金を稼ごうという気概が感じられないと私は感じた。
日本の大学スポーツの人気と経済的価値の間には、大きな乖離がある。箱根駅伝は正月の風物詩として多くの人々が熱狂し、早慶戦はその多くの競技で満員の観客で埋め尽くされる。それにもかかわらず、これらの価値がきちんと収益化されているかといえば、疑問符が付く。
日本では「大学スポーツは教育の一環」という考えが強く、商業主義とは一線を画してきた歴史がある。確かに、スポーツの純粋性や魅力を守るという意味では理解できる部分もある。
しかし、質の高いスポーツ環境を維持するには相応の資金が必要となり、アマチュアリズムの姿勢が大学スポーツの発展を阻害している側面も否めず、スポーツを支える専門人材を雇用する余裕もない大学がほとんどだ。
では、大学スポーツは積極的に「稼ぐ」べきなのだろうか?単純に答えを出せる問題ではないが、いくつかの観点から考えてみたい。
そもそも、アマチュアスポーツの稼ぎ方は?
いろいろと思案する前に、まずはアマチュアスポーツの稼ぎ方について触れておきたい。
まずは、スポンサーからの収入だ。大学の関係の深い企業や人物がお金を出し、運営に金銭を支払っている。近年は多くの強豪チームがユニフォームスポンサーを導入。箱根駅伝では頻繁に中継画面に映っていた。また、OBやファンからの寄付も収入源の柱の一つであるが、不安定である。
次にグッズ販売だ。大学の名前が書かれたTシャツやタオルといったグッズが多数販売されている。それらは会場や通信販売で広く売られているが、日本においてはプロスポーツのように充実している方が少ない。なお、近年ではトークン、いわゆるデジタル資産を発行した大学もあるなど、新しい動きを見せていることもある。
チケット・イベント収入も忘れてはいけない。基本的にリーグや協会が主催しているため、公式戦などでチケット収入が大学に回ることは少ないが、人気のチームなどは独自に試合を主催するなどして、チケット収入を得ることが多い。
最近では大学の体育会やスポーツチームをまとめて一般社団法人化することで、透明かつ効率的に資金を管理する大学も生まれている。
アメリカに目を向けると、NCAAという大学スポーツ統括組織が年間約10億ドル(約1,400億円)もの収益を上げている。
人気校の試合はプロスポーツさながらのスタジアムで行われ、テレビ放映権やスポンサー収入、グッズ販売などで莫大な資金を集めている。トップコーチの年俸は数億円にのぼり、大学自体もスポーツを通じて知名度を高め、寄付金集めや入学志願者増加につなげている。
稼ぐべき理由
持続可能な環境の構築
最も重要な理由は、持続可能な環境を構築するためだ。
現在の日本の大学スポーツは、多くの部分でOB・OGや大学からの援助に依存している。しかし、これは景気や寄付者の善意に左右される不安定な財源と言わざるを得ない。
自ら収益を生み出す仕組みを作ることで、施設の充実、遠征費の確保、アナリストやコーチ、マーケティング担当者といった専門スタッフの雇用など、チームの競技力向上と学生アスリートのサポート体制を整えることができる。
特に、スポーツ医学やデータ分析などの専門人材を雇用できれば、怪我の予防や効率的なトレーニング方法の導入につながり、結果として学生の競技生活を守ることにもなる。
また、スポーツ施設の強化を通じて選手の成長を促進することで、プロスポーツクラスの育成環境を大学で整えられるようになるという側面もあり、大学世代の成長を促すことで、日本スポーツ界の国際的な成長もさらに促せる。
学生アスリート・一般学生への還元
収益が増えることで、学生アスリートへの支援も充実させることができる。奨学金の拡充や生活支援、キャリア支援などを通じて、学業とスポーツの両立を支えることが可能となる。
さらに、アルバイトと大学生活に苦しむ学生も少なくない。経済的な負担を軽減することで、学生は競技と学業により集中できるようになるだろう。
また、スポーツ推薦の費用は一般生徒からの学費から捻出されていることもありうるはずで、大学がスポーツで稼ぐことができれば、授業料などの減額といった一般学生への還元も可能だろう。
大学のブランド価値向上
スポーツの成功は大学全体のブランド価値を高める効果がある。アメリカでは、スポーツでの活躍が大学の知名度向上に直結し、入学志願者増加や寄付金集めに大きく貢献している。
日本においても、箱根駅伝での活躍が入学志願者数が増加すると言われているほど、スポーツと大学のブランディングは密接に関連している。この好循環を活かすためにも、積極的な収益化と再投資が重要だろう。
懸念される問題点
一方で、大学スポーツの商業化には懸念される点も多い。
アマチュアリズムの価値の喪失
大学スポーツの魅力の一つはアマチュアリズムを中心としたその純粋さにある。
お金ではなく、大学の名誉や自己成長のために限られた環境の中で競い合う姿に多くの人が感動する。しかしながら過度な商業化によって、この価値が損なわれる可能性がある。
また、収益性の強化のために陸上や野球などといった一部の人気競技だけが優遇され、ヨット競技や射撃競技などのマイナースポーツが軽視されるという問題も起こりうる。大学スポーツの多様性を守るためには、全体のバランスを考慮した収益配分が必要だろう。
学業との両立の難しさ
大学スポーツの商業的価値が高まると、より多くの時間と労力がスポーツに向けられる可能性がある。これは「学生アスリート」としてのアイデンティティを脅かし、本来の大学教育の目的から逸脱する恐れがあり、十分な高等教育を受けぬまま卒業することもありうる。
事実、アメリカでもスター選手の学業不振や、事実上のプロ選手状態になっているという批判がしばしば起きている。大学スポーツの商業化を進めるなら、学業との両立を担保する仕組みづくりも同時に行う必要がある。
もっとも、今も日本の体育会所属の学生の8割が授業の理解度に自信を持っていないとしているため、商業化の有無を問わずこの対策はしていかなければならない。
伝統文化との衝突
日本の大学スポーツには、アマチュアリズムと共に醸成された長い歴史と伝統がある。しかし、商業化によって、こうした文化的側面が軽視される懸念もある。
例えば、OB・OGとの絆や大学間の伝統的な対抗戦の雰囲気など、お金では測れない価値が商業化によって損なわれる可能性がある。また、商業化に伴う座席整理により応援団のスペースが制限されたり、大学生が安価に観戦できる場所が制限される可能性もあり、大学スポーツが培っていった特徴が消えて行ってしまう可能性もある。
日本型モデルの可能性
日本の大学スポーツが進むべき道は、単純なアメリカ型のコピーではなく、日本の文化や価値観に根ざした独自のモデルを構築することではないだろうか。
産学連携の推進
企業と大学が連携し、スポーツを通じた人材育成や研究開発を行うモデルが考えられる。例えば、スポーツ科学の研究と実践を融合させ、その成果を社会に還元することで、企業からの支援を得るという方法だ。
これは単なるスポンサーシップを超えた、より深い協力関係を意味する。大学の教育・研究機能とスポーツを組み合わせることで、独自の価値を生み出すことができるだろう。
実際に、立命館大学とアシックスや、日本体育大学とKONAMIなど、産学連携の取り組みが始まっている。こうした連携は単に資金提供を受けるだけでなく、学生の研究機会や就職機会の創出などにもつながっている。
さらに、特定の業界と関連の深いスポーツ種目に特化した産学連携も可能だ。例えば、自動車メーカーとモータースポーツ部の連携や、IT企業とeスポーツ部の連携など、業界特性を活かした形での協力関係を構築することで、より実践的な人材育成と研究開発が可能になる。
コミュニティベースのサポート強化
地域社会との連携を強化し、大学スポーツをコミュニティの誇りとして育てる方向性も重要だ。
地方に位置する大学は都市部の大学よりかはスポンサーに期待できない。しかしながら、地域住民や地元企業が継続的に支援する体制を作ることで、安定した収益基盤を築くことができる。また、地域の子どもたちへのスポーツ教室の開催や、地域イベントへの参加など、社会貢献活動を通じて支持を広げていくことも有効だろう。
そうすることで、「おらが町の代表」として地域に根差した成長を見せる大学のチームが現れ、東京の大学の人気や実力に匹敵する大学が現れる可能性も十分にありうる。
デジタル技術の活用
ライブストリーミングやSNSなどのデジタルプラットフォームを活用することで、より幅広いファン層にリーチし、新たな収益源を開拓することができる。特に若い世代は、従来のメディアよりもデジタルでのコンテンツ消費が主流となっている。
ソーシャルメディアの戦略的活用も重要である。選手や監督自身が情報発信を行うことで、ファンとの距離を縮め、エンゲージメントを高めることができる。TikTokやInstagramなどを活用した短尺動画コンテンツは、新たなファン層の開拓に特に効果的だ。
また、NFTやファンエンゲージメントプラットフォームなど、新しい技術を取り入れることで、ファンとの新たな関係性を構築することも可能だ。特に、大学スポーツの特徴である「応援する選手が4年で卒業する」という世代交代の早さを逆手に取り、「あの時代の名選手」の価値を持つデジタルコレクタブルは魅力的な商品となりうる。
バランスの取れた発展に向けて
大学スポーツの収益化について考える際、最も重要なのは「何のために稼ぐのか」という目的意識だろう。単に利益を追求するのではなく、その収益をどのように再投資し、学生アスリートや大学全体、さらには社会にどう還元するかが問われている。
このことを考えると、収益の配分ルール・割合を明確にすることは非常に重要だ。あらかじめ収益の使途に関する透明なガイドラインを設けるべきだ。これにより、商業化が進んでも教育機関としての本来の使命を見失わずに済む。
また、「学生アスリート」としてのアイデンティティを守るための制度設計も欠かせない。例えば、最低限の履修単位数や成績基準を設け、それを満たさない場合は試合に出場できないといったルールを厳格に適用することで、スポーツと学業のバランスを制度的に担保することができる。実際に、NCAAでは各チームの学業達成度を独自の指標で測定・公開している。
JAPANスポーツリーグや大学スポーツ協会(UNIVAS)の設立など、日本の大学スポーツの組織化・産業化は徐々に進んでいる。しかし、その方向性は常に検討され続けるべきだ。
最終的には、教育的価値と経済的価値のバランスを取りながら、日本独自の「大学スポーツ文化」を発展させていくことが理想だろう。そのためには、大学だけでなく、企業、メディア、ファン、そして学生アスリート自身が参加する開かれた議論が必要だ。
大学スポーツは、単なる娯楽でも、単なる教育活動でもない。それは若者の成長の場であり、社会的結束を生み出す文化であり、そして潜在的な産業でもある。その多面的な価値を最大化するために、私たちはより戦略的に「稼ぐ」ことを考えるべき時に来ているのではないだろうか。
ただ、この議論を進める中で忘れてはならないのは、大学スポーツの主役は常に「学生アスリート」であるということだ。彼らが充実した学生生活を送り、スポーツと学業の両方で成長できる環境を整えることこそが、すべての取り組みの根本にあるべき原則である。収益化はあくまでも手段であり、目的ではない。この原点に立ち返りながら、日本の大学スポーツの新たな地平を切り開いていくことが求められている。
参考文献
UnsplashのJeffrey F Linが撮影した写真
国際オリンピック委員会「年間収入は1000億円超え。大学スポーツのビジネス化に成功したアメリカのNCAAとは【スポーツの国家的取り組み】」https://www.olympics.com/ja/news/年間収入は1000億円超え。大学スポーツのビジネス化に成功したアメリカのNCAAとは【スポーツの国家的取り組み】
AERA「運動部の学生「授業の理解度に自信なし」8割 競技と学業の両立支援も」https://dot.asahi.com/articles/-/227131?page=1
白門オンライン「スポーツ支援を通じてビジネスを学ぶ機会をつくる」https://gakuinkai.net/2715
立命館大学「学校法人立命館とアシックスジャパン株式会社が包括的連携交流協定を締結」https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=911
コナミグループ株式会社「日本体育大学との産学連携~大学スポーツの価値向上と健康産業の発展に貢献~」https://www.konami.com/sustainability/ja/culture/nssu.html
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