大相撲力士は年間で、本場所90取組(15日×6場所)に加え、巡業で年4回合計60ヵ所ほど全国を回るため、年150日前後はなんらかの試合を行っているという日本のスポーツ界でも稀有なほどのハードスケジュールである。
無論それだけ取組怪我も多く、多くの力士が休場を発表して欠場に入ることは常だ。先の令和七年七月場所でも千秋楽までに幕内12力士が休場した。休場することで、体のメンテナンスに時間を割ける上、衝撃力が1トンとも言われる立ち合いを回避できるというのはあまりにも利益である。
しかし、休場を繰り返しながら現役を続ける力士も多く、時には40歳の力士が生まれることもある。また、横綱にもなると番付が下がることもないことから、なかなか引退せず、より休場を繰り返すケースも存在する。
では、なぜ力士はなかなか引退しないのか?推察してみたい。
引退をしない理由
引退しない理由について、推察してみたところ、いくつかの理由が見つかった。もちろん、これがすべてではないことは留意するべきだ。
ベテランが現役続行する理由
まず、挙げられるのは、引退を自分の意志で決めやすいということだ。
野球やサッカーなど他のスポーツのようにチーム(部屋)からの解雇や引退勧告というものは不祥事や再起不能な大怪我が無い限りはほとんど無い。基本的には限界までやり切れというマインドが支配している。そのためか、幕下以下は将来の不安や集団生活の苦しさ、慢性的な怪我が引退ケースとして多い。
特筆する例として、服部桜は歴代ワーストの104連敗を含む3勝238敗を記録していたが、引退理由は成績不振というよりも、コロナという状況下で稽古ができなかったことによるモチベーション低下や女将による過度な生活管理を強いられていたことだったと後に明かしており、コロナ禍が無ければ現役を続行していた可能性もあると個人的には推察する。
また、「髷を落とせば只の人になる。」という力士の意見もある。
力士は様々な場面で優遇される。後援会や「タニマチ」から相撲部屋を通じて多くの支援があり、幕下以下であっても相撲部屋に所属し続けて雑務をこなしていれば、衣食住はあらかた保証され、親方と関取から多少ではあるが金銭的支援もあり、直営の病院での無料診療や社会保険を受けることもできる。
その一方で、中卒・高卒でこの業界に飛び込む力士は多いが、力士として培った技術や経験が一般社会でそのまま活用できるケースはかなり限られている。職歴が力士のみというのは問題だ。有名でないかつ関取になれなかった力士の引退した後のセカンドキャリアは、大抵は飲食業、介護、整体のいずれかとなっており、いずれも未経験者でも採用されやすい業界であることがそれを裏付けている。その上、そのセカンドキャリアが見つからずに現役を半ば強引に続行するケースも過去にはあった。
その上、逆に部屋から現役続行を懇願されるケースもある。
部屋は相撲協会から様々な支給を受けることができる。
まず、収入源として残ってもらうケースだ。力士が一人いれば、力士養成費が月7万円、相撲部屋維持費や稽古場維持費が場所ごとに15万円以上支給される。すると力士一人当たり年間180万円以上が支給される。その為、部屋の維持のために引退を回避してもらい、収入源として在籍してもらうケースもある。そのために、”逃げた”幽霊力士の籍を残す部屋も存在すると噂されている。
加えて、ベテランは部屋の中で仕事があり、取組が早く終わる力士は、夕食の準備のため『ちゃんこ番』を担当することが多いが、ベテランにもなるとちゃんこ番を長年務めているために、引退されるとちゃんこの味が落ちるというケースもある。
また、新弟子の相談相手にもなっており、独特の風習やしきたりを教える立場にもなりつつ、顔見知りのマスコミの対応を行うこともある、さらに、長年培った技術もあることから稽古場では選手兼任コーチという役割もあり、親方代わりに指導するケースもある。
もっとも、トレーニングや治療技術など、スポーツ医学の向上により、怪我が減る、早く回復するようになるなどしてそもそも選手寿命が長い選手が増えたということも引退を延ばす理由になっている。実際、2003年から20年間で、力士の平均年齢は上昇している。
関取の場合
一方、十両以上の関取では、また理由が変わってくる。
関取と力士養成員(幕下以下)では待遇が全くもって違うことを念頭におかなければならない。
年収は100万円程度から一気に1500万以上になり、一人暮らしや結婚も許され、雑用も免除、さらには幕下以下の力士が付け人として補佐してくれるようになる。
もちろん、メディア露出が大きく増えて人気にもなることから、後援会の規模も大きくなり、期待されることも多くなるため、「その期待に答えなければ」という理由で引退せずに相撲に取り組むということもある。
その一方で、一場所当たりの取組数が7番から15番に増えたり、巡業への参加義務が加わるために、怪我や拘束時間も多くなるため、怪我や体調不良による引退の可能性も増える。神奈川大学の研究によれば、ある関取が出場した場合、10%の確率で負傷するとされている。
そんな中でも、引退を左右することとなるのが年寄名跡の存在だ。
一定の資格(現役時代に小結以上、幕内通算20場所、関取通算30場所在位いずれか)を満たせば、それを襲名して引退後も協会に残って運営に携わることができ、1000万円以上の年収と安定した社会的立場を得ることができる。
逆に言えば、それを所有しない限りは相撲協会を去らなければならず、セカンドキャリアを自身で切り開かなければならない。引退後のセカンドキャリアのためには是が非でも手に入れたいものである。
しかし、その年寄名跡の枠は制限されており、その数は105。つまり、関取になっても引退後に相撲協会に残れるのは合計105人である。この105人には平成初期に引退した力士も含まれており、その枠を勝ち取ることが難しい。その上、部屋の連合体である一門内でやり取りするのが大半のため、所属する部屋によっては名跡を融通してもらえないということもある。
そのため、引退しようとしても名跡が無いために、現役を無理やり続行する例も存在する。
また、月給とは別に本場所の成績および実績に基づき賞金を受け取ることができる、力士褒賞金の存在も引退を延ばす理由になる。
力士報奨金は、勝ち越しや優勝、金星や昇進などの際に積み立てられ、長くやっている関取だと、1場所で数十万から百万円ほど給料などとは別に支給されることもある。ちなみに、勝ち越しが1つ増えるたびに1.2万円、優勝するとで72万円年収が上がり、幕下に転落しない限りは積み立て続けられ、休場中だろうが支給される。
しかしながら、この力士報奨金は幕下に転落すると消滅し、前述の待遇も大きく落ちるため、幕下に転落することが決定するとともに引退を決める力士も多い。
まとめ
大相撲力士が引退をためらう背景には、単なる勝敗や怪我だけでなく、複雑な事情が絡み合っている。
特にベテラン力士は、引退後のキャリアの難しさや、部屋での重要な役割を担っていることから、現役続行を選びやすい傾向にあります。また、関取になると、年寄名跡の獲得や高額な力士褒賞金といった経済的・社会的な利益が絡むため、その地位を手放すことがより難しくなる。
とはいえ、セカンドキャリアの整備が整えば、引退をより決めやすくなるのではないかという意見もあり、引退しない理由もセカンドキャリアを理由にしているものもある。
このように、大相撲の世界における引退は、個人の意志だけでは決められない、多層的な理由が存在すると言えよう。
参考文献
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