RIZINが10年目に突入した。
那須川天心、RENA、堀口恭司、朝倉兄弟ら多くの選手を世に出し、イリー・プロハースカ、トフィック・ムサエフなど世界の強者を知らしめた。”格闘技大国”日本を蘇らせたという事実は揺るがないものだろう。
そんな中で、古くからの格闘技ファンはPRIDEという伝説の団体を思い出す人も少なくない。PRIDE全盛期の熱狂にはRIZINは到底追いつかないという声もある。
同じ格闘技団体、同じ背広組、同じ放送局…共通点は多い。しかし、10年目に辿った末路は全く違ったものであった。なにがこの2団体は分けたのか?振り返りつつ比較していきたい。
メディア
まず挙げられるのはメディアについてだろう。
格闘技をはじめとするスポーツは人気を獲得することが第一となる。その為にはメディア露出が中心となる。
そのような中でPRIDEとRIZINは脂が乗りきっている時期にフジテレビが中継から撤退するという共通のインシデントがあった。PRIDEとRIZINの間で取り上げられ方に違いこそあれど、大きな痛手となったのは事実であった。
しかしながら、この同じ出来事でもダメージには隔たりがあった。
まず挙げられるのはインターネットの普及や回線の変化だろう。
PRIDEが崩壊した2007年のインターネット普及率は73%であったが、2023年の同普及率は86%と10%以上も伸びている。
単純計算だが、テレビや新聞以外の情報収集・娯楽の手段を手に入れた人が国内で1500万人程度は増えたこととなる。そのこともあって、テレビの視聴率は年々減少。2007年には65%あった総世帯視聴率が2023年には50%を切っている。娯楽としてのテレビの役割は年々縮小しつつある。
もっとも、PRIDEとRIZINの間ではフジテレビの放送にも差があり、PRIDEが大小数多くの大会を年間通じて中継していた一方で、RIZINは年1~2回の大大会のみの中継に減少しており、撤退するころにはすでにネット中継にシフトしつつあったことで、ダメージには大きな差があった。
それに加え、人気拡大に関しては、SNSの誕生は大きかったといえよう。
それまで自分で情報を届ける媒体は新聞や雑誌の紙媒体、ラジオやテレビなどであり、自分から情報を発するハードルや費用は大きかった。
しかし、SNSの発達によりそのハードルは一気に下がった。それまで高額なスポンサー料などが必要だったのが、SNSではせいぜいメディア制作代で済み、手軽に宣伝活動による人気獲得ができるようになった。
もちろん、他のコンテンツの間に埋もれる可能性も高いが、魅力的なコンテンツであればこれまで以上に多くの人に魅力を伝えられる環境が整った。
RIZINはテレビに頼らずとも、人気拡大に成功していた。IT時代が見事に作用していた例であろう。これは次項のスポンサーの獲得にもつながってくる。
スポンサー
スポンサーというものは興行を行っていく中で重要だが、マット上のスポンサーも大きな違いがあった。
PRIDEは大口のスポンサーに頼っていた。特にフジテレビには頼り切りであった。リング上を見てもコーナーマットなどはフジテレビの広告であることが常であり、マットスポンサーは大手企業(明治、カプコン等)もあったが、多くとも10社あるかないかだった。
特に、フジテレビのスポンサー料(放映権料)は全体の10~15%だったとされており、大きく依存する形となっていた。さらには、フジテレビの撤退以降は大手企業がマットスポンサーから大挙して撤退。格闘技専門誌に置き換わるなどし、スポンサーに関するスキームが一気に崩れた。
一方、現在のRIZINは大小多くのスポンサーが名を連ねる。近年の大会ではリング上に所狭しと多くの企業のバナーが掲載されている。
当初の大会こそコーナーマットはフジテレビムービーだったが、それ以降は大小様々な企業が入れ替わり立ち代わりするように広告を出していて、フジテレビの広告はほとんどなかった。
もちろん、地上波中継があることで旗揚げ当時から大企業の広告は多かった。だが、決定的な違いとしてフジテレビの撤退以降も名の知れた企業が広告を出稿してる。これはインターネット上での人気獲得に成功し続けたのも一因だろう。
また、榊原CEOは「格闘技を愛する企業にもっと協賛してもらおうと考えました」と取材で語っているなど、ただ企業を集めるだけではない姿勢を見せている。
地上波中継が完全に無くなってからすでに3年以上が経過しているが、地上波中継撤退後も新たにバンダイやSUNTORYなどの老舗有名企業がスポンサーになるなど、スポンサーは増加しているうえにその質も担保されるようになった。
また、年間スポンサーも創設するなど、固定的な契約を結ぶことも増えた。さらに、行政との連携も強化しており、国内の都道府県だけでなく、アゼルバイジャンなど、国家単位で連携するなどの取り組みも見せている。
収益構造
収益は企業にとって最も重要である。会場を借りるにも選手を雇用するにも、宣伝するにも総じてお金が必須である。
現在のRIZINの収益構造からみてみたい。
まず、挙げられる収益は入場料収入だろう。チケットには料金幅があり、最低額は15,000円から100万円までかなり幅を持たせている。入場者数こそ一万人を割ることも少なくないが、客単価はPRIDE時代と比べてかなり上がった。
そして次に特筆すべきはペイパービューだろう。2020年の新型コロナウィルスの感染拡大により、無観客開催のライブをペイパービュー(都度払い)により有料配信する動きが急加速。PPVによる視聴環境が一気に整い入場チケットだけでなく、映像コンテンツにもお金を払う文化が根付いた。
そのうえで2022年のTHE MATCHが直前にPPV配信のみとなったにもかかわらず、50万件の売り上げを記録して商業的に大成功したことに伴い、格闘技でもPPVはさらに知れ渡ることとなった。それ以降、5,000円のPPVが10万~50万件売れるようになり、地上波中継による放映権料以上の収益を挙げられるようになった。
また、YouTubeなどの動画配信サービスや、自社運営のものを含む有料配信サイトを通じて試合映像を配信しており、大会映像の二次利用による収益も重要な収益源となっている。
その他、スポンサーも先述のように大小問わず様々なスポンサーが存在しており、収益の強い基盤となっており、様々な収益の柱を築いており、安定した収益構造の構築に成功している。
PRIDEを振り返ってみたい。
かつてのPRIDEは放映権収入やスポンサー料に頼っていた。
先述したように、フジテレビからの収益は全体の10~15%であり、その撤退によりその収益と大手企業スポンサー料がそっくりそのまま減ったことが崩壊の一因と言われている。
当時の地上波放映権料はRIZINの7倍程度はあったが、PPVは2000~3000円が数万件の売り上げが限界であり、インターネットもなかったことから大会映像の二次利用による収益もVHS・DVD販売や再放送に限られ、地上波放送無き後は試合の放送関係の収益が大きく悪化した形となった。
また、入場料収入は現在のように高額ではなく、高くとも10万円、廉価席では6,000円と現在のインフレを考えたとしても安いものであり、客は大入りでも観客一人あたりの収益は現在よりも少なく、RIZINと同じ額の収益を挙げようにも1.5~2倍の観客を集めなければならなかった。
さらに、追い打ちをかけたのは週刊誌の記事によって信用が失われたことで銀行の融資が止まったことだろう。RIZINは今もファンドから資金調達に成功しているが、当時はそうもいかなかったのだろう。このことが重くのしかかり、PRIDEは売却以外の道が消えた。
選手層
PRIDEとRIZINの選手層には大きな違いがある。
一言で言えば、PRIDEが世界のトップファイターを集めた世界的な団体で、RIZINが日本の格闘家が集まる日本最高峰の舞台と言え、ワールドとリージョナルの違いがある。
重視している階級も大きく異なり、PRIDEが無差別級を軸にしていたが、RIZINはフライ級やバンタム級などの軽量級や女子の試合を重視している。RIZINは小柄と言われている日本人に合った団体となっている。
これもあってか、PRIDEはとにかく世界トップの選手をぶつけ合うマッチメイクが多かったが、RIZINは国内組同士での対戦により、国内の格闘技界の成長を促す形になっている。
また、扱っている競技も違いがある。PRIDEはMMAのみであったが、RIZINはMMAに加えてキックボクシングやムエタイ、ボクシングなど様々な競技の選手が集まっている。これにより、RIZINは立ち技格闘家がMMAに転向するスキームも構築されている。とはいえ、PRIDEでは他競技の選手が転向してくるなど、スキームが変わっただけとも言えよう。
レベルの面では、PRIDEは世界のトップが集まり、RIZINがUFCなどとの獲得競争の関係上、日本を中心に選手を獲得しているため、RIZINの選手レベルはPRIDEに劣っていると言わざるを得ない。全盛期のPRIDEは世界最高峰の格闘技団体として機能しており、PRIDEヘビー級王者だったエメリヤーエンコ・ヒョードルの肩書の「60億分の1の男」・「人類最強の男」に異論は無かったほどだ。
とはいえ、スター選手の層はどちらも厚いのは事実であり、人気のベクトルや得方は違えど、両団体選手がもつ魅力はどちらも多いにある。
プレミアリーグとJリーグ、二つの団体の違いをサッカーで表すならばこの例えが適しているだろう。
その他の違い・まとめ
ここまで様々な要因を記してきたが、この二つを分けたのは文化の変化も大いにだろう。
かつてのPRIDEは良くも悪くもプロレス(UWF)の延長だった。大会設立の動機も高田延彦対ヒクソン・グレイシーの試合をやるためだった。
結果はヒクソンが勝利し、このことが既存のプロレスに飽き始めた人々がPRIDEに流れていった。その後の新日本プロレスの総合格闘技路線への迷走からの暗黒時代突入は周知の事実だ。
とはいえ、当時のMMAはプロレスや柔術、ボクシングなどの異種格闘技戦に過ぎなかった。
しかし、次第にMMAは文化となっていく。各地に格闘技を扱ったジムが設立されるようになり、国内の総合格闘技団体もどんどん成長していった。
矢地祐介は好例だろう。中学の野球部を引退した後、紆余曲折をへて総合格闘技ジムのKRAZY BEEに入門。そこから格闘技のバックボーンなしに総合格闘技で王者になるなど、日本MMA界のトップランカーをひた走った。
一度ファンを掴めばその輪はどんどん広がっていき、友人・家族・同僚など、様々な人々を巻き込みながら、人々の潜在意識に刷り込まれていく。子供のファンはその競技をやってみようという思いにもつながっていく。
そしてそういったファンは長い間その競技を愛する人も多い。
文化の違いこそPRIDEとRIZINの一番の違いかもしれない。JSLとJリーグ、NBL及びbjリーグとBリーグの違いと同じく、先人たちが根付かせてきたという歴史を活かしつつも、新たな息吹を入れたということが一番大きいのかもしれないと個人的には考える。
PRIDEの終わりをみたRIZINはその失敗を参考にしつつ、新たな時流に乗りながら様々な障害を乗り越えながら成長してきた。
果たして無事に次の10年を迎えられるだろうか?という疑問については「この資金スキームと先人たちと築き上げたこの文化を保てば何事もなく次の10年を迎えられる」と答えたい。
参考資料
総務省|令和6年版 情報通信白書|インターネット www.soumu.go.jp
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